kimmaのシネマブログ

映画とたまに本・ドラマの感想・自分なりの解釈について。あくまで1個人の意見です…

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』監督:ラース・フォン・トリアー

〇感想・見どころ

 これほどまでに悲しい物語を観たことがないというほど、救われない物語だった。暗いストーリーであるということは覚悟していたものの、それでも観終わった後に心に重くどっしりと鉛のようなものが残った。

①効果的な演出により、リアルに伝わる苦しみ 

 印象的だったのは、その独特な世界感だ。手持ちカメラでの撮影により、まるで誰かが撮ったホームビデオを見せられているような感覚になるため、登場人物たちは実際にどこかに存在するのではないかと思えてくる。また、色調においては、全体を通して茶色っぽくくすんでいるのに対し、セルマの空想シーンのみ色調が通常の明るさになる。これは、セルマにとっての現実は、常に暗く辛いもので、明るく希望のある世界は空想の中にしかないのだという心情を表現しているに違いない。これらの演出により、セルマの苦悩がより一層リアルに、ダイレクトに私たちの胸に突き刺さる。

②これほどまでに悲しく、名作である理由

※ネタばれ含みます

 本作が他の多くの作品と異なる点は、物語が1度も良い方向には進まずに、始めから終わりまでただ一直線に悪い方向に向かっているということだ。そのうえ、絞首刑が決まってから、息を引き取るまでのセルマの姿が、包み隠すことなく全て描かれている。特に、刑が執行される直前の彼女の取り乱す姿は、とても言葉にはならず、目を覆いたくなってしまうほどだった。このような、大半の作品であれば省きがちなシーンまでも描いているということに、本作が名作である理由があるのではないだろうか。

 この世には、セルマと同じように救いようがなくて、不条理な出来事は数えきれないほど存在するだろう。大抵の人間は、そのような現実を見て見ぬふりして、どこか自分とは関係のない遠く離れた世界で起きていることだ、としか捉えていないのではないだろうか。しかし、本作はセルマを通じて、世界のどこかで不条理に苦しんでいる人々の苦しみを直視する機会を与えてくれる。他人の痛みをこれほどまでに感じることができる経験は、そう多くはないであろう。人の痛みを知ることは、きっと人に優しくすることにつながると私は信じている。だからこそ、本作は多くの人々の心に響き、時代を経た今でも名作と呼ばれるのではないだろうか。映画を観る醍醐味が、感情を揺れ動かしてくれることであるとすれば、本作はそれを十分すぎるほど味わうことができる。